姿勢は“止まること”ではなく“動きの一部”である
- 井波綜護
- 7月14日
- 読了時間: 5分

― 神経制御・可動域・協調運動から考える姿勢コントロールの実践理論 ―
「正しい姿勢が大事」と言われる一方で、「良い姿勢をキープしようとすると疲れる」「ずっと背筋を伸ばしているのは無理」という声も少なくありません。
そもそも“正しい姿勢”とは、本当に「ずっと同じ姿勢を保つこと」なのでしょうか?
今回の記事では、姿勢とは動きの一部であるという視点を軸に、
中枢神経系の働き・可動域評価・小脳の役割・モーターコントロール・ストレッチの効果など、姿勢と動作を支える神経科学的要素を詳しく解説します。
⸻正しい姿勢が“続かない”のは当然
多くの人が「良い姿勢=静止している状態」と考えがちです。
しかし実際には、姿勢とは常に変化する“動作の途中経過”。
長時間の静止姿勢は、筋肉の緊張や局所疲労を引き起こし、かえって姿勢崩れの原因になります。
姿勢は、動作の一場面を切り取ったものであり、連続的に変化していくもの。
「なぜその姿勢になったのか?」という背景を理解することが、真の姿勢改善への第一歩です。
⸻姿勢と運動をつなぐ神経ネットワーク
姿勢制御と運動制御は、それぞれ異なる神経経路で支配されながらも、絶えず連携しています。
代表的なのが、以下の2つの神経系です。
• 内側運動制御系(副内側系):体幹筋・近位筋の姿勢調整を担う。脳と同側支配が特徴。
• 外側運動制御系(外側系):四肢の随意運動(遠位筋)を制御。反対側支配が基本。
この2系統がうまく連携することで、動きのなかで安定した姿勢が保たれます。
つまり、“動ける体”のベースには、神経系による姿勢と動作の協調制御が不可欠なのです。
⸻姿勢制御に関わる三つのシステム
立位や運動時の姿勢安定性は、以下の三つの神経的制御メカニズムにより支えられています。
反応機構(リアクティブ):バランスが崩れたときの反射的修正
予測機構(プロアクティブ):目的動作に先立つ準備動作(例:歩き出す前の重心移動)
予期機構(アントシパトリー):状況に応じた動作選択や調整(例:雨の日に慎重に歩く)
これらは相互に作用し、バランスと動作の両立を可能にします。
とくに予測機構と予期機構は、感覚入力と過去の経験に基づいた高度な制御であり、トレーニングによって強化可能です。
⸻予測的姿勢制御と代償性姿勢制御
姿勢制御には2つの基本タイプがあります:
• APA(予測的姿勢制御):運動前や運動中に先回りして姿勢を安定させる。
• CDA(代償性姿勢制御):バランスが崩れた後に修正を試みる。
APAは、“前もって”動きを支える神経制御。
一方CDAは、予期できなかった揺れや衝撃への“事後対応”です。
高齢者や神経系疾患のある方ではAPAの働きが弱まり、CDA頼りになるケースも多く見られます。
結果として、反応が遅れ、転倒や怪我のリスクが高まるのです。
⸻小脳と姿勢制御:三つの機能領域
小脳は、姿勢と運動の協調において中心的役割を果たします。
領域ごとに異なる入力と機能を持っています。
•前庭小脳系:平衡感覚や眼球運動の制御
•脊髄小脳系:体性感覚や粗大運動の協調
•大脳小脳系:巧緻動作や運動の滑らかさを調整
たとえば「棚の本を取る」動作ひとつにも、姿勢の安定(前庭)、上肢のリーチ(脊髄)、指の把持(大脳)と、全小脳系が関与しています。
小脳機能の偏りや損傷は、立位保持や歩行、手作業などあらゆる動作に影響を及ぼします。
⸻可動域評価と“アクティブ”の落とし穴
可動域(ROM)は、パッシブ(他動)とアクティブ(自動)に分けて評価されます。
ここで重要なのが、アクティブROMがパッシブに比べて著しく狭い場合、それは「筋肉が硬い」だけでなく、モーターコントロールの問題である可能性があるという点です。
特にSLR(ストレートレッグレイズ)では、
•パッシブでは上がるのに、アクティブだと途中までしか動かせない
•スタビリティや体幹の支持力が弱く、動作に不安が残るこのような場合は、ストレッチではなく運動制御の再学習が必要です。
⸻ストレッチ=柔軟性ではない?その誤解と効果
「ストレッチ=筋肉を伸ばす」と思われがちですが、実際には関節可動域の向上は感覚入力への“慣れ”が大きく関係しています。
筋繊維そのものの長さが即座に変わっているわけではありません。
また、ストレッチの種類によって神経系への影響も異なります。
•静的ストレッチ:副交感神経優位に。クールダウン向き。
•動的ストレッチ:交感神経を刺激。ウォームアップ向き。
•PNFストレッチ:神経筋制御に着目したアプローチ。
状況や目的に応じて、適切なストレッチ選択が必要です。
⸻バランストレーニングと“協力運動”の重要性
姿勢・動作のコントロールには、他者との協調や不安定な環境下でのトレーニングが有効です。例:
•目を閉じた状態での片足立ちゲーム
•二人組でボールパスをしながらバランス保持
•チームでの協力運動による意図的な難易度調整こうしたトレーニングは、感覚入力と出力の統合能力を高めるうえで非常に効果的です。
⸻体幹の安定性が可動域に与える影響
体幹を安定させることで、末梢の関節がより自由に・正確に動けるようになる現象があります。
たとえば、体幹に収縮を入れた状態で再度SLRを行うと、
アクティブROMが一気に拡大するケースもあります。
これは、脳が“姿勢が安定している”と認識することで、より大胆な動作を許容できるからです。
つまり、ROM制限があるからといって筋だけに着目するのではなく、姿勢と安定性の再評価も必要だということです。
⸻おわりに
姿勢=動作の一部、という考え方が未来を変える「良い姿勢」とは、静止状態の完璧さではなく、「動きの中で安定できる柔軟性とコントロール力」にあります。
そのためには、筋肉だけでなく、
神経系・感覚系・可動域・安定性・心理的要素など、全体を見渡した総合的な評価とアプローチが必要です。運動指導やリハビリに携わる方々は、「姿勢を見る=動作を理解する」ことで、
怪我の予防だけでなく、パフォーマンス向上にも大きく貢献できるはずです。
パフォーマンスコーチ/井波綜護

【パーソナル×ピラティス×栄養指導】88-Performance.
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「姿勢改善」「自律神経」「ピラティス」「神経系トレーニング」「モーターコントロール再学習」など、
“ただ鍛えるだけではない”身体づくりを行っています。
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