千日をもって初心とし、万日をもって極みとす。
- 今野佑人
- 11 分前
- 読了時間: 2分

子供達は、不思議なもので、
帯を渡した瞬間から
その帯の顔になっていきます。
今思えば、自分もそうでした。
黒帯を巻いた瞬間から、
自分自身が少しずつ変わっていったように思います。
帯は、ただの布や紐じゃない。
そこには、積み重ねてきた時間、
苦しく、きつかった稽古。
行きたくないと思いながらも、
自分の気持ちを押し殺して道場に向かった日。
負けて悔しくて泣いたこと。
思うようにできず、悩んだこと。
逃げ出したくなったこと。
それでも道場に来て、
それでも稽古を続けてきた。
その全てが、一本の帯に詰まっています。
そして、帯は簡単には渡しません。
その帯に見合う精神、技術、身体が身についていなければ、
どれだけ長く稽古していても、
どれだけ頑張っていても、
審査には受かりません。
厳しい審査を乗り越え、
「この帯を締めるに相応しい」と認められて、
初めてその帯を手にすることができます。
だからこそ、帯が変われば、
その帯に相応しい人間へと、
自分自身も変わっていくのだと思います。
そして、皆んなにも
まず黒帯になってほしい。
極真の由来は
「千日をもって初心とし、万日をもって極みとす。」
昔は黒帯になるまで三年(約千日)と言われていました。
黒帯は「ゴール」ではありません。
むしろ、そこからが本当のスタートです。
技の深さも、身体の使い方も、
空手に対する考え方も、
黒帯になってから少しずつ見える景色が変わってきます。
宮本武蔵も『五輪書』の中で、
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」
と残しています。
空手は、黒帯になってからが面白い。
だからこそ、途中で諦めずに、
一歩一歩、稽古を積み重ねていってほしい。
いつか自分の手で黒帯を締めた時、
きっと今とは全く違う自分に出会えるはずです。
その日まで、しっかり稽古しましょう。

極真世界連合戦士 佑心会 本部
今野佑人



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